映画「お葬式」


いつも映画感想の見出しは作品タイトルだけを掲げているのですが、今回の場合ドドンと「お葬式」だけ書くと色々アレなので、あらかじめ「映画」とカテゴリーを打っての紹介です。ちょっと長いですが、思い入れの強い映画なので、ご勘弁。

無性に伊丹十三監督作品が観たくなってしまったので、TSUTAYAの旧作100円セールに便乗して借りてきました。公開年は1984年、なんと僕が生まれた年。伊丹氏の作品はとにかく好きで、「お葬式」は小学校時代に観て以来のフェイバリットムービー。二十歳を超えた今観直してどう思うのか、この辺りを踏まえつつちょっと感想をば。

内容はタイトルのまま、お葬式を舞台にした人間模様を描きます。納棺やらお布施やらお通夜に火葬と、流れは分かれど実際に経験してみないと細部まで知れないのがお葬式。故人の死を悼めども、ところどころで見え隠れする事象でついつい吹き出しそうになってしまう、亜空間にさまよったような、葬式とはそんな不思議な空気をはらんでいます。作品中にもそういったあるあるネタが散りばめられ、重いタイトルとはかけ離れた、第三者的な立場から見る葬式のおかしさを満喫することができます。

ディスイズザジャパニーズムービーといった趣で、僕のような人生の新参者が作品をとやかく言う筋は皆無といっていいでしょう。観て改めて思った。この映画最高。

作品中で分からない部分が2,3。江戸家猫八さん演じる葬儀屋とお坊さんのポジション。何か裏があるように匂わせるシーンがあるのですが、あれは一体どういった伏線なのか。テーブルのレイアウトを褒める場面は妙に芝居がかっていて、いかにもな感じ。お布施について言及している序盤の一場面でも、なんだか不審な動きの葬儀屋。金にからんだゲンキンなところはぎくしゃくしてしまうという、いかにも日本的な性質を単に浮かせたいだけなのか。なんかもっとありそうな感じするよなあ。もう一回目を凝らして再確認してみよう。

横道にそれますが、これを観ていて、2008年公開、本家アカデミー賞で外国語映画賞を獲った「おくりびと」を思い出しました。観た当時は黒澤作品へのオマージュが多いのかな、なんて漠然と感じた記憶がありますが、おそらく「お葬式」とのクロッシングもあるように思います。「お葬式」の主役の一人である山崎努さんは「おくりびと」で納棺師を演じられていますし、「お葬式」のワンシーンでお棺の値段を電話越しに尋ねて「値段の基準はよくわからん」みたいなことを言うところなんかは、「おくりびと」でも似たような場面があったようななかったような。とにかく色々と想起させるものがありました。火葬場のシーンも象徴的ですね。

だらだらと感想が続きますが、さらに「面白いなあ」と思ってしまったことが一点。ビデオがDVDになり、テレビが完全地デジ化されて、パネル操作が当たり前の時代に突入しても、お葬式は決してデジタル化されず、冠婚葬祭通例行事として、未来永劫変わらず一編通った作法にて行われるのでしょうね。それが僕にはとても皮肉に感じられます。もし仕分け事業の中に「葬式」の項目があったら、人材を無碍に時間拘束する葬式の一連は、真っ先にばっさり切り落とされてしまうんじゃないかと、不謹慎なことも思ってみたり。今日も明日も明後日も、どこかで誰かが、葬式の持つ独特なおかしさをしのばせながら、一方で坊さんの念仏と正座で痺れた足にも耐えながら、経験されているのでしょうね。

今も昔も変わらない行事だからこそ、映画「お葬式」も褪せずに最高に面白い。時代を感じることといえば、霊安室だろうが焼き場の前だろうが、TPO問わず演者がタバコをぷかぷか吹かしていることくらいです。

にしてもだ。今回観ていてつくづく思ったんだが、一体全体小学校時代の自分は、この映画の本当のおかしみが分かって観ていたのだろうか。単に背伸びしたい、大人ぶりたいからこの映画を嬉々として観ていたんじゃないかという、今さらになっての恥ずかしさがこみあげます。今の年齢になっても全てを分かりきったとは思いません。でもほんと好きだったんすよ伊丹さん作品。「タンポポ」も観たくなってきたぜ。

伊丹氏の作品は全てDVDで買う予定。できることなら「スウィートホーム」も欲しい。自分の葬式が開かれる前にDVD化されるといいんだけどなあ。

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