格差を感じずにはいられない

生きていくための歯車

今の仕事に就いてから、この日本はまっこと恐ろしいくらいに大格差社会であることをつくづく痛感しています。

お金をダイレクトに、悪く言えば非常に軽卒に扱う仕事(もしかしたら世の中の大抵の「金を転がしていく仕事」はこういうものかもしれない)なので、お金に関する各家庭の内情なんかも見たりする。そうすると「まさかそんなのマンガやドラマの話でしょ」みたいなケースに当たり前のように遭遇するのだ。

こういう、人の家の内情をまざまざと見ることができる環境って、実はあまりない。だから思うこととして、格差格差だとよく言うけれど、本当に格差社会の全容を知っている人は少ないんじゃないだろうか。テレビや雑誌で取り上げられているのは極端で多分にデフォルメが効いているだろうし。本当の本当の格差社会はもっとなんというか、ケースなんていえるほどカテゴライズできなくて、複雑さを極めている。

例えば、自分の収入というのは、身近にいる人5人の収入の平均値とほぼ変わらないと言われていて、職場で隣に座っている人との格差なんてほとんどないといっていい(精神的なものや肉体的なものは別として、経済的には)。だからきっと、本当の意味で格差を感じている人って少ないと思ってしまうのだ。

今の仕事がどんなものかここではうまく言えないけれど、楽しいつらいは別として、本当にやってよかったと思います。人生を見直すとてもいい機会になっている。結論を言ってしまえば、人間生きていればどうにでもなるってわけで、格差を埋めるのは誰でもなく自分でやらにゃならんわけだ。そして埋める方法なんて腐るほどある。

社会保障といった面で立て直す部分があっても、国が格差社会に直接テコ入れする必要性は私は感じません。あくまで間接的に、ですな。

この数ヶ月で明らかに色々なことに対する考え方が変わった。ある種洗脳的に(笑)

んでも、根本は変えていない。今まで南しか向いていなかったのなら、初めて北の方角を振り返って見ている感じ。でも来た道は引き返さず、同じ方角を目指している。たぶんこれでいいのだと思う。大変だと思うことはたくさんあるけれど、もうちょっとだけあがいてみようと思う。

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